元ネタ hubpages.com1914年。ちょうど100年前のことです。
バルカン半島のサラエボでオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻が
もの凄い偶然によって暗殺されてしまいした。
この事件を切っ掛けに、第一次世界大戦が始まるのですが、
当初は誰もここまで泥沼の大戦争になると思ってませんでした。
日本も最初は「
参戦せずに局外中立」という姿勢でしたよ。
しかし、1902年に締結した日英同盟のお相手イギリスさんから無茶ぶりが。
英「参戦して。でも活動地域は限定するよ」
日「アホか。海戦なんて敵船がどこに行くか分からんのに無茶だろ」
英「だってお前が自由に戦ったら俺が狙ってる所や利権も奪うじゃん」
日「知らんがな」
英「うーん・・・しゃあない。とにかく参戦してよ」
日「まぁ同盟の約定があるから助けないわけにはいかんか・・・」
ま、およそこんな流れで日本も参戦を決意。(;^ω^)ホントカ?
諸々のやり取りの後、日本は1914年8月23日にドイツへ宣戦布告しました。
そして、まずはドイツの租借地である中国の青島を攻めるのだが・・・
ここから先の日本の活躍を知る人はあまり多くない。
大日本帝国海軍が地中海まで遠征したということも。
第二次世界大戦と比べると、第一次世界大戦にはほとんど光が当たらない。
だけど、日本人なら知っておくべき戦いがそこにはあったと思う。
という訳で、とある海外サイトの記事を取り上げてみましたよ。
では、興味の無い方もぜひ読んでみて下さい。 :)
World War 1 History: Japanese Navy in the Mediterranean
第1次世界大戦ヒストリー: 地中海の日本海軍
(青島を攻撃する日本軍のランチタイム)
◆ 日本: 忘れられた同盟国?第一次世界大戦への日本の参戦は歴史の片隅に追いやられてしまっている。
西欧諸国は日本人が連合国陣営に加わり、同盟国陣営のドイツ、オーストリア=ハンガリー、オスマン帝国と戦ったことを忘れてしまった。そんな西欧人の多くが、地中海で大日本帝国海軍がドイツ・オーストリアの潜水艦と戦ったことを知るとさらに驚く。この世間一般に見られる記憶喪失は、いくつかのファクターに起因するものと思われる。
第一に、日本人の戦死者が500人未満であること。
これは、この大戦にほとんど参加してないことを示しているように映る。
特に、単独で約140万の軍人を失ったフランスと比較すれば。
第二に、ドイツ、イタリアの枢軸国陣営についた第二次世界大戦における残忍な他国への侵略により、先の大戦の貢献が完全に影が薄くなってしまったことだ。
最後に、西欧列強の日本とアジア諸国に対する人種的偏狭さが、とりわけこの出来事への認識を曇らせたのだろう。
◆ 世界に冠たる日本の海軍実際の所、大戦前に英国の心を鷲掴みにしていたのはその陸軍ではなく、
Japanese Imperial Navy( Dai Nippon Teikoku Kaigun )だった。
1902年、英国と日本は日英同盟に調印する。
日本が影響力を拡大させようと機会を窺っていたその当時、英国は自身の東洋への関心を脅かすロシアを懸念していた。同盟締結から10年近く経ち、太平洋の脅威はロシアからドイツへと代わるも、英国人と日本人の双方にとって有益であり続けたこの同盟はさらに延長されることになった。そして、第一次世界大戦が勃発したとき、日本は戦艦21隻と巡洋艦29隻を含む世界最大の海軍を持つ国のひとつだったのだ。
(香取型戦艦「鹿島」 当時の日本海軍の主力艦)
大戦が始まって1週間も経たない頃、日本はドイツが極東と太平洋諸島に保有する領土と引換えに連合国陣営に加わると提案した。英国が東太平洋での哨戒を支援して欲しいと求めてきたとき、日本はこれに合意すると、1914年8月23日にドイツとオーストリア=ハンガリーに対し宣戦布告した。
日本が太平洋を巡回してくれたおかげで、英国はスコットランド北部のスカパフローにあった大艦隊 [ Grand Fleet ] を増強できるだけでなく、英国王室海軍の船を大西洋と地中海により多く回せるようになった。これにより皇帝の主力艦隊をドイツの港に封じ込めることができたのだ。
日本は、中国にあるドイツ所有地(特に中国北部の青島)と太平洋上のドイツ植民地にも攻撃を開始し、マリアナ、カロリン、マーシャルの各諸島を占領した。日本の軍事的成功は、連合国とまだ参戦していないアメリカを警戒させることになる。欧米の太平洋への野心を挫く脅威だと日本のことを認知したのだ。さらなる議論の後にある妥協が産まれる。
すなわち、太平洋上の赤道以北にあるドイツ占領地が日本のものとされた。
◆ ハワイの保護この戦争が長引いてしまったことにより、日本海軍はますます多くの任務を引き受けることになる。彼らの行動範囲は太平洋の広域からインド洋まで拡大し、ドイツ人略奪者の襲撃やヨーロッパへ向かう連合国の兵員輸送船の護衛まで含まれていた。日本はまた、 ロシアへ軍需品と必需品の供給もしている。なんと1904~1905年の日露戦争で鹵獲した巡洋艦の数隻をロシアへ返還してさえいるのだ。アメリカが参戦した際には、英国海軍増強の為にアメリカの船が加わったことで、日本は太平洋でより多くの任務を引き継ぎことになる。彼らのノースアメリカン・タスクフォースがカナダの西海岸を守護しているとき、皮肉にも、日本の船がアメリカのハワイ領域を守っていた。
◆ 大日本帝国海軍第二特務艦隊が地中海に参上1917年3月11日、司令官佐藤皐蔵が乗艦する巡洋艦「明石」と8隻の駆逐艦から編成される第二特務艦隊はシンガポールから西へと出港し、4月13日に地中海のど真ん中に浮かぶマルタ島へ到着する。
西部戦線でのあの大量殺戮は、絶え間ない援軍が必要なことを意味していた。そしてもし地中海航路をギュッと閉じられてしまうと、フランス・大英帝国への援軍はグルッとアフリカの南端を回って来なければならなくなる。大日本帝国海軍はマルタ島を拠点とし、フランスのマルセーユ、イタリアのタラント、エジプトのポートサイドなどの間で連合国輸送船の護衛任務を開始した。その任務の間、日本の駆逐艦はドイツ・オーストリアの潜水艦と34回の交戦に至っている。2隻の駆逐艦が損害を受け、その内の「榊」は1917年6月にオーストリアのUボート「 U - 27 」の攻撃を受け68名の死者を出した。ただその損害にも関わらず「榊」は海上に浮いており修理が施された。
◆ 英国海軍すら霞んでしまう効果的な働き第二特務艦隊には増援された日本の駆逐艦が加わり、英国の古い駆逐艦2隻も日本の水兵によって操船された。ピーク時には17隻の軍艦を従えていた。英国は日本人たちの効率的でプロフェッショナルな働きを直ぐに見抜くと、その真価を高く評価した。フランスの軍艦は45%が航海中であり、英国の軍艦は60%を海上で過ごす。しかし、日本の軍艦は仰天の72%だったのだ。

(防護巡洋艦「明石」 第二特務隊初代旗艦)
この大戦が終わるまでに、第二特務艦隊は788隻の船を護衛して地中海を横断し、70万人以上の兵士を西部戦線へ無事に送り届けた。伝えられるところによれば、数人の日本の指揮官が護衛中の船を失ったことでハラキリに及んだという。
◆ 日本人に対する称賛この日本人たちは地中海での活躍を英国首脳から惜しげなく褒め称えられた。ウィンストン・チャーチル(大戦開始時は海軍大臣)は日英海軍協力の立役者だった。1915年に「ガリポリの戦い」の惨劇が原因で干されていたが、この大戦が終わる頃には評判を回復し軍需大臣に任命されている。国民の思いを総括し彼は述べた。「日本の軍隊がこれまで愚かな行動に出たことは一度たりともない」
◆ 称賛するだけなら損はない日本の第二特務艦隊は1919年5月に故郷へ帰って行った・・・戦利品の一部としてドイツの潜水艦7隻を伴って。
フランス、イギリス、アメリカの3つの列強国がベルサイユ条約において世界の運命を決定したので、多くの国が不当に扱われ屈辱を味わった。称賛の数々とドイツ支配地の割譲が認められたにも関わらず、その条約に人種平等条項を盛り込んで欲しいという日本の要求は撥ねつけられた。欧米人は日本の援助に感謝はしたが、彼らを自身と同等に扱う準備はできていなかったのだ。日本が目標達成の為にあらゆるアドバンテージを得ようとしていることは明白だったので、世界を分割している西側の列強にはそれが苛立ちのもとになった。
さらに付け加えると、ロシアとドイツが世界の勢力図から消えたことで、英国はもはや日本海軍と日英同盟を必要としなかった。一方日本は、持ち帰った7隻のUボートに蓄積されたドイツの専門知識を海軍へ導入しようとした。そして両国の関係が花開く。ドイツのテクノロジーと影響は、英国を失った穴を満たしていった。
その後のことは、まぁ、皆さんご存知の通り。
☆ この話題に寄せられたコメントを一部抜粋 ☆
panpan1972 ギリシャ地中海の日本人!!
ギリシャ人の俺には極上ネタだYO!世界政治にとって海軍力がいかに重要かを思い出せる話だね~。
NateB11 アメリカこれは興味そそりまくりの話題だった!
第一次世界大戦で日本が連合国陣営で戦ったなんて全く知らんかったわ。
彼らの海軍がどんだけ強力だったかってこともな~。
この戦争でドイツが大敗北し賠償金で素寒貧になり日本は勝つも冷遇されたことが、ドイツと日本が結びつく要因になって第二次世界大戦へ繋がって行くってのも興味深かったよ。
UnnamedHarald アイオワ州WW1時の日本海軍の規模には俺もビックリ。彼らが地中海で戦争してたこともマジで初耳だったんだよね。
書くことの楽しみの半分はリサーチにありだな。
いつでも何か予想外の発見があるもんだわ。
Pavlo Badovskyy ウクライナこいつは、ほとんどの人が知ることのない、
埋もれた歴史のアメージングな一コマだ!
WW1には本当に多くの国が参戦したが、
日本もその一つだったなんてちっとも知らなかった。
教えてくれて本当に大感謝だよ。
UnnamedHarald アイオワ州ちなみに、日本人が世界初だったというトリビアも発見したぞ。
中国の青島でドイツ・オーストリアへ攻撃中、
彼らは
水上機母艦を使用した海からの空爆を初めて行ったんだ。
もろい水上機は母艦からは離陸できないんで一度海上に降ろされる。
そんで攻撃から戻ったときも海上に降りてから母艦に引揚げられたという。
Michael Kismet ノーザンカリフォルニアワ~オ、面白い情報と事実がこれでもかってぐらいギッチリ詰まってるね。
これを全部よく消化するには、楽しい30分間が必要だったよ。
phdast7 ジョージア州アトランタ俺も初めて聞く話だったわ。
俺が通った高校と大学の歴史教師がもしこれを知ってたんなら
あいつらわざとこの史実をスルーしやがったんだな。
あぁ、やっぱり海外でも知られてないか。
学校で習わないんじゃ仕方ないよね。
当の日本ですら学校で教えてないんだから・・・orz
そういう背景を思えば、この第二特務艦隊の活躍を紹介してる記事を書いてくれた外人さんにはともかく感謝です。本当にありがとう。
ただ、日本人としては少し食い足りない。(^_^;
彼らの奮闘をもっと詳しく知って欲しいんだ。
そこで今回オススメさせて頂くのがこちらの本です。
秋月達郎先生による史実ベースの小説です。
主人公は、第二次世界大戦のミッドウェー海戦などでも有名な山口多聞中将。
未だに、南雲ではなく山口が・・・とよく引き合いに出されてますよね。
その正否はさておき、戦死されたとき多くの将兵に惜しまれたのは事実です。
恥ずかしながら、その山口さんが第一次世界大戦の地中海遠征に参加されていたことは知りませんでした。
だもんで、読み始めからイキナリうぉ~と唸りましたよ。(笑)
史実戦記ではなく戦記小説なのですが、実在と架空のキャラクターを配し、当時の日本の状況、各国の思惑、大戦の戦況などを語ってくれているので読みやすく理解しやいし、何より面白いのですよ。
本の厚さを感じさせいほどサクサク読めました。
実際に読んで楽しんで欲しいので、ネタバレはしたくないのですが、
第二特務艦隊の功績の一部を紹介させてもらいます。
大正6年5月、我が帝国海軍の「榊」、「松」の駆逐艦2隻は、魚雷攻撃を受け沈没していく兵員輸送船「トランシルバニア号」の救援に駆けつけて、敵の潜水艦の目前で、しかも敵と戦闘しながら、なんと乗員約1,800名を救助しました。これは奇跡ともいわれるくらい常識破りの行為であり、帰港したイタリア・サボナでは帝国海軍の日本兵たちを英雄として大歓迎しました。
また、大正7年、駆逐艦「桃」「樫」は、魚雷を受け自力で航行出来なくなった英船「パングラス号」を不眠不休3日3晩、戦闘しながら、しかも潜水艦に襲撃される危険も恐れずに同船を曳航してマルタに無事届けました。
この快挙にマルタの町は感極まって日の丸で迎えてくれたのです。
同じ年、英船「カメロニアン号」にドイツ潜水艦が魚雷を発射します。帝国海軍は発見が一瞬遅れますが、日本の駆逐艦はそこに果敢に全力で突入して、自らが魚雷の犠牲となって輸送船を守ったのです。
これらのことにより帝国海軍は大きな信頼を得て、輸送船の船長の多くは帝国海軍の護衛を望み、日本艦隊の護衛でなければ出発しないという船長が出るほどでした。
この帝国海軍の奮戦振りにイギリスは「地中海の守護神」と称え、世界中からも称賛されました。
これら帝国海軍の活躍に対し、イギリス国王は日本の将兵に勲章を授与し、何と英国議会では議会始まって以来、日本語で「バンザイ三唱」までもが行われました。[source]
これだけでもう泣けてくるわ。(つД`)連合国首脳の言動は政治半分でしょうけど、
マルタ島や他の港で受けた感謝と笑顔はプライスレス。
当時のドイツ・オーストリアのUボート(潜水艦)の戦果は、
ちょっと信じれられないほど凄く、
一番被害の多かった英国だけで4200隻の船が損害を受けたそうです。
そんな化物から四六時中劣悪な環境(駆逐艦生活はかなり辛い)で輸送船を護送し、いざ戦闘になれば戦いながらの救助や曳航・・・
本当に頭が下がりますよ。
小説「マルタの碑」は、当時のトリビア的な話もちりばめられてます。
オーストリア=ハンガリー帝国海軍でUボートの艦長をつとめ、
恐らく
地中海で日本の第二特務艦隊とまみえたであろう軍人が・・・
ゲオルク・フォン・トラップ少佐です。O_O(大佐というのは誤訳による伝播らしい)
管理人はアニメ「トラップ一家物語」を子供の頃に観てるんだけど、
「子だくさんだな~」ぐらいの印象しか残ってなかったよ・・・(アホ
だけど実際の彼は優秀な軍人で国民的英雄だったそうな。
何だかあのアニメをもう一度観たくなってきた。
今ならもう少し深く楽しめるだろうから。
小説のタイトルとなった「マルタの碑」、すなわち、
マルタ島に建立された「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」は、
第二次世界大戦でのドイツの攻撃により一部損傷するも後に再建され、
現在でもマルタ政府と英国によって綺麗に管理されてるそうです。(-人-)
観光などで地中海に行かれる方はぜひここにもお立ち寄りください。
異国で眠る英霊たちもきっと喜んでくれることかと。
最後に、従軍した方の日記をもとに「
日本海軍地中海遠征記」を著したC.W.ニコル氏が。そのあとがきでマルタ島での思い出を語っています。
マルタ滞在中、初代副大統領で引退後に開業医をされているダニエル・ミカエフ氏に招待を受けたニコル氏は、第二特務艦隊のことを話して聞かせた。するとミカエフ氏が、
「なるほど、それだ!」と膝を叩いて叫んだ。「だってね、マルタの歴史を通じて、この島に住んでいた東洋人などほとんどいなかったんだよ。いたとしたって、ごくごくわずかなものだった。
それなのになぜ、マルタの赤ちゃんにこうも多くの蒙古斑があるのかと、長いこと不思議に思っていたんだ。あなたのおかげで謎が解けましたよ」
ふたりして声をあげて笑ったニコル氏たち。
「強壮な海軍軍人は海と同じく陸でも猛り立っていたというわけだ!」
ニコル氏はそうまとめていました。(笑)
実際、命を賭して地中海の安全と生活を守り続けたヒーロー達だったので、
普通にモテモテだったろうことは想像に難くない。
間違いなく彼らの血筋でしょう。
マルタ島・・・かつてオスマン帝国の侵略をマルタ騎士団が撃退したように、
彼らの生命線である船を死守した日本の英雄たちの子孫が、今もそこにいる。
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