瀕死のアニメーション
もしもし、Qさん? 元気? 相変わらず、新宿のゴールデン街へ通ってる? 今日お電話したのはね。うちのテレソン用のアニメね、なんとか力貸してほしくってね、昔のよしみでね。そう、原画。
うん、今、優秀な原画マンは引っ張りだこでね。ちょうど両手ぐらいの重箱(アニメーター)にね、百個も饅頭(仕事)を押しこもうってようなもんだよ。どだい無理なんだよ。原画なんて、マンガの新人みたいに、そう簡単にぽかすか生まれるもんじゃないからね。キャリアですよ、おたくのように。現状を関係者はなんて言ってるか知ってる?「アニメ戦争」って言ってるんだよ。戦争ですよこれは。プロダクション同士の、スタッフの引き抜き、裏工作、かけひき、札束攻撃。すさまじいもんだよ。なにせテレビアニメだけで、今、週に二十八本もあってさ、それに最近は劇場アニメを、どこもねらい始めたでしょう。それに特番(スペシャル番組)のテレビ用長編アニメね。まだ、テレビアニメだけの時はましだったよ。こいつは、いいかげんなアニメでもごまかせるからね。劇場用となるとそうも言ってはいられないよね。優秀なスタッフがどうしても必要なんだよ。だからスタッフの引っ張り合いになるんだよ。おたくのように、悠々自適で好きなように仕事を選んで描いてる大ベテランは、こいつは別だよ。こんな人は数えるほどしかいないね。
<中略>
まあとにかく、アニメ界はたいへんな戦国時代だね。どっからこういう事態が、起きたんだろうね。アニメ関係者自身が言ってるんだよ、異常事態だと。そう言いつつも、のめりこんでいっちゃてるんだね現状は。
そもそもテレビアニメが始まって時点で、こうなる予兆はあったんだね。ぼくが虫プロで、『鉄腕アトム』を最初に作った時、こんなバカなご時世になるとは思わなかったけれど、テレビアニメが盛んになってアニメーターやそのほかのスタッフがうるおうだろうって予測はありましたよ。
そもそもだね。ぼくが日本で初めて三十分番組のアニメシリーズを作ろうと思ったキッカケは二つあるんです。虫プロはもともと、アニメの実験や模索をするためにできた会社だけど、全部、ぼくの原稿料でまかなっていたわけ。それじゃとても経費がもたいないから、すこしはスタッフもかせいで、モトをとった上に実験映画のための金を積み立てようってことで、安上がりでまあ見られる程度のアニメを作ろうって企画が上がったんだ。そこで、テレビシリーズを作ろうってことにきめたわけ。だからちゃんと実験映画という目標があったんだよ。
ところが、テレビ局やスポンサーに交渉するのが大変だったんだね。なにしろ当時は三十分番組のための製作費が、ナマ番組だって『月光仮面』みたいなフィルム番組だって、五十万円いってないもんね。とくにお子様用番組なんて、二十万円かそこらですよ! そりゃあ時代が違うって言っちまえばそうだけど、局だってスポンサーだって、できるかどうか、続くかどうかわからないような危険な番組に、しかも初めてのアニメシリーズなんてものに、倍や三倍の金なんて投資しやしませんよ。誰だって頭から信じないわけ。だから、ほかの番組なみの製作費しか出してくれなかったよ。とてもそれじゃ赤字だから、残りは賭けとしてぼくのフトコロから出したんです。たしか四十何万が製作費で、ぼくの持ち出しは二十万ぐらいでしたかね。
ところが、アトムがべらぼうにあたったんで、アニメ番組はあたるということで、それから半年ほどあとには、アニメものがたちまちバタバタとできたんだ。その製作費は、なんと百万ですよ! つまり、それだけ出してもモトがとれてお釣りがくると、企業は踏んだんだ。もちうろん実験アニメのためなんて考えもしないよ。
それから先はご覧の通りですよ。現在、製作費は五百万円が下限で、六、七百万円ぐらいはスポンサーは出しますよ。見返りさえあればね。
そうなると、アニメ関係者は、アニメで食おうってことになるわけだ。だいたい、アニメなんて、食えるわけがないんです。アニメってのは元来独立プロの劇団とおなじような立場でね。アニメが好きな連中が集まって、作るためにギリギリの苦しみをし、アルバイトをしてでも好きな作品に投資していく、というのが本来の状態なんですよ。そのくらい、アニメという世界は、きびしいものを持ってなきゃならんのですよ。Qさんには、釈迦に説法だけどさ。
ところが、アニメブームになって、食えることがわかったため、アニメで生活をしようという連中がとっど出て来たわけ。生活が先で、アニメは労働と、こうなったんですよ。アニメみたいな、元来割のあわない世界にとびこんで、アニメではとても食えないなんていうんならいっそ、初めからとびこまなきゃいいのにね。好きでとびこむんなら、初めから苦しむ覚悟をして来りゃいいんだ。いや、これはかつて虫プロの社長だった経営者としての発言じゃありませんよ。絵描きとして、アニメ作家としてのぼく個人の発言なんだ。もし異論があるんなら誰からでも聞きますよ。
もちろん、こうなった以上、アニメ労働者といわれる人達の生活権は守られるべきなんだ。そりゃ、もしアニメが必要なら、当然の声だと思うよ。
しかしね、ぼく個人我慢ならんのはね、こういう声があるんだよ。手塚があのアトムを売る時、べらぼうな安値できめてしまったから、現在までテレビアニメは製作費が安くて苦労するんだと。冗談じゃないよ。
そんな世間知らずなことを言う奴らはバカだよ。
あの時、ぼくのテレビアニメが売れたからこそ、今のテレビアニメの隆盛を見たんで君達もそれで生活してるんじゃないかとね。そして、あの時点での製作費はあれが常識なんで、あの倍もふっかけようもんなら、まちがってもスポンサーはアトムを買わなかったね。そうしたら、テレビアニメ時代なんて夢物語だったろうね。
コロンブスの卵、とぼくはよくいうんだ。アメリカを発見したコロンブスの、船の中のトラブルや迷信に対する苦労なんか、誰にもわかるもんじゃないよ。
『マスコミひょうろん』なんてバカな雑誌があってね。手塚は現在のアニメーターにその罪ほろぼしをしなければならないなんて書いた奴がいたがね、ふざけるのいい加減にしろっていいたいよ。あんな記事を載せるようならあの雑誌も分裂しちまっても当然だね。
現在のお仕着せ製作費五百万なにがししても、三十分番組なら、ほかの番組にくらべて、べらぼうに安くはない。もちろんべらぼうに高くもないけどね。
問題はテレビアニメの会社は、もちろん営利企業だから、そこからなにがしか──最低一割五分は──引くんだ。その残りで、演出、脚本をはじめ、仕上げや編集や、音量やタレントまでいっさいまかなうんだ。そんははした金で、現在のアニメが作れると思うのかね。それを作れというのは、会社の、いや、スポンサーの無理強いだよ。
で、ぼくは声を大にして提案したいんだ。五百万なら、いや四百万なら、その四百万で全アニメスタッフをまかなえるための、作り方を、なぜ工夫しないのかってね。
『鉄腕アトム』を作ったとき、最低は、三十分番組でたったの一千枚だったよ。一千枚なんてアニメじゃない、という向きには、作品を見てほしい。スタッフが、いかに苦しんで、一千枚で見られるものを作ろうと努力したか、その血と涙のあとを見てほしいんだ。それでも、たしかに動いてない紙芝居だよ。これは極端な例でね。まさか現在のアニメが一千枚でできるとは思ってやしない。いや、もしかりに、アニメーターで仕上げや背景や、そのほかのスタッフに、生活できるだけの十分な報酬を払えたなら、残りの経費は一千枚ぐらいの絵の分量にしかあたらないかもしれない。
じゃあ、一千枚の絵で、見られる番組を、もう一度苦労して考えてみようじゃないか。
ぼくは、それがテレビアニメの生きる道だと思う。テレビアニメはなにも劇場アニメのように、絵の数をふやしてスムーズに動かすためにあるんじゃないと思うね。そんなたいへんな作業で、一週間に一本を作ろうなんていうのは土台ムリな話ですよ。だから、アニメ労働者へのどうしようもない酷使が始まるんだ。要は頭脳ですよ。これはアニメ労働者の責任じゃない。企画をしている側の問題になるね。そういうテレビアニメ向きの企画があると思うんだ。一千枚なら一千枚で三十分もたせるための企画がね。
<中略>
アニメ労働者の現在の最大の隘路は、親会社の下請けがほどんどだということなんですよ。
十何年か前は、東映や虫プロではちゃんと正社員、準社員として待遇されていたんだけどよ、もちろん、食えないというんで、組合争議があって、ピケやら、ロック・アウトなんてこともあったけどね、それ以来、アニメの親会社は手持ちスタッフを丸抱えしないで、外注に出すことにしたんです。その方が請負制でハッパかけられるし、だいいちボーナスを払わずに済みますよね。
だけど下請け会社は、なんともミジメなもんですよ。食うためにお仕着せの仕事を貰うったって、発言も苦情もできないんだから……そして、請負だから一定の量をその納入日までに納めなければ支払いは貰えないしね。
<中略>
ぼくは日本のこのすさまじいアニメーターの数を考えると、今こそユニオンを作るべきだと思うね。それには、全アニメーターの結束が必要で、またそのユニオンを無視してアニメーターになる連中に対してはユニオンが圧力をかける。それくらい権威がなけりゃあね。歯がぬけるように、大手会社にだまされて引き抜かれていっておしまい、といったユニオンじゃどうしようもないよ。アメリカのユニオンを見習うべきだよ。ぼくは十五年も前にこれを提唱したけど相手にされなかったね。
<中略>
流行マンガ家が、アニメに原作を貸して、構成をしただけでアニメ作家とよばれているくらい、混乱した世界なんだから、アニメってのはまだ主体性はなにも持っちゃいないんだよね。東映動画ができて二十年、ぼくがテレビアニメを始めてたった十五年にしかならないのに、アニメは肥満児みたいに、異常にでかくなりすぎたよ。アニメブームがたんなる一時的な風俗で終わっちゃうんならそれほど気にしないけど、ミーハーの女の子を含めて、メカのドンパチや主題歌や、お涙やかっこよさに、本気でのめりこんでいく若者が今後も増えていくようなら、アニメの先行きは全く魅力なしよ。え、てめえがアニメを作ってるくせして何を言うって? そりゃあ当事者だって、すこしは自粛したいとは思ってるよ。でもさ、なあ、たのむよ。うちの原画描いてよ。
(話の特集 1979年7月号)
「アトム」が儲かるとわかると、スポンサーはどんなに大金を積んでも、どこかにテレビ漫画を作らせようとやっきになった。アニメーターたちの引き抜き合戦が始まり、アニメーターの報酬は、うなぎ上りにあがった。高校を出たか出ないかの若いものが、月々十何万もサラリーを稼ぎ、マイカーを乗りまわすといった、狂った状態になった。
(手塚治虫エッセイ集 1 より引用)
通説「手塚がアトムを超安値で売ったらから今もアニメ製作費が安くて苦労してる」 手塚治虫「そんな世間知らずなことを言う奴らはバカ」← 生前のテレビアニメ生みの親はマジギレして反論してた件 https://t.co/jUhKXXVUL3
— えいち@誤訳御免Δ Lv. 17 (@goyaku_delta2) March 5, 2021
アニメーター残酷物語に対する、手塚先生の主張をぜひ知ってほしい。 pic.twitter.com/hNZJaCEYG9
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